かっぱ騒動でパトカーを11台よんだ話

短編小説
natureworksによるPixabayからの画像

タイトルからして何の話だという感じなのだが、文字通りそのままの内容だったりする。

子供の頃の話だ。
僕の実家のすぐそばには池があった。

僕の家は高台の見晴らしがいい場所に立っていて、庭の向こうは崖になっている。その崖の下に道路があり、道路を挟んで向こう側は公園になっていた。その公園の面積の大半が池だった。そのあたりは山をくりぬいたように作られた住宅団地で、その池の周辺だけは開発されずにほぼ原型を留めていた。

しかしアクセスは悪く、三方を山に囲まれた状態で公園の出入口は道路に面した方向だけに限られていた。つまり、僕の家がある方からだけ、公園を見渡すことができた。見渡すとは言っても、どうもしっかりとした管理が届いていない様子があって、草は伸び放題だった。また角度的に朝以外は日照条件も悪かったので、公園の奥にある東屋の辺りはどんよりと暗い雰囲気が漂い、好んで訪れる人は皆無と言ってよかった。

後年の話ではあるが、実際にこの公園の道路側の草むらに隠れていた男が下校中の女子高生を引き摺り込む事件が起きた。
その時たまたま先の曲がり角まで出迎えにきていたその子の父親(警察のお偉いさん)が目撃していたため助けに入り、危機一髪、難を逃れた。
その翌週以降から現在まで、公園はいつでも雑草が生茂ることはなくなった。
こういう事件が起きるような場所だ。

緑が鬱蒼と生い茂った一帯は、幼い僕にとって未知の領域だった。
「子供だけで道路の向こう側に行っちゃダメだからね」
ときつく言いつけられていたので、その公園には足を踏み入れるどころか近づくこともしていなかった。素直にいうことを聞いていたのである。
両親は共働きで、ほぼ毎日のように祖父母が世話をしに来ていてくれたのだが、その日は近所の友達のSくんと二人で遊んでいて、大人はいなかった。
その子も僕と同様に道路を越えたことがなかった。もしかしたら親同士でそんな決め事をしていたのかも知れない。
番地の入り口にあたる曲がり角まできて、ふたりして
「あっち側は行ったことない」
「俺も」
みたいなやりとりがあったと思う。

そこに、これまた近所に住んでいた三つ年上のお兄ちゃんが公園側から現れた。彼は釣竿を担いでいた。僕の家のすぐ近くに住んでいる人だった。
彼は僕らを見つけると
「よう」
と軽く挨拶し、
「今そこの池でよ、一緒に釣りしてた友達がカッパに引きずり込まれたんだよ」
と言った。
僕らは同時に「えっ」と声を上げた。
兄ちゃんは池方向をふりかえりつつ、
「大丈夫かなあ、お前らちょっと見てきてよ」
と言い残し、僕らを置いて帰って行った。
幼かった僕とS君は最初の驚きでパニックだった。
そしてその話を信じてどうしようかと二人であたふたし始めた。
目の前には禁断の境界線がある。
僕らだけでは越えてはいけないことになっている。
どうしよう、どうしよう。
答えなど出せるはずもない。
そしてふたり、ほぼ同時に思いついた。
「警察に知らせよう」

その道路は団地の中心地へ向かって伸びる坂道で、頂上は広めの交差点になっている。交差点周辺は巨大な公団住宅と商業施設があり、その一角に交番があった。
僕とS君はその交差点まで登って行った。
交番は境界線のギリギリ向こう側である。
行ってはいけないが、目と鼻の先、横断歩道を渡ってすぐのところに警察がいる。
僕らは互いに顔を見合わせた。
「行こう」
「うん」
親の言いつけを初めて意図的に破った瞬間だった。
僕らは信号を待ち、横断歩道を渡って、交番へ駆け込んだ。

この話を思い返すと、警察はどこまで僕らの話を信じたのだろうかと不思議で仕方ないのだが、タイトル通り、現場付近にパトカーが11台並ぶ結果となった。仕事から帰ってきた母が驚いて自宅の庭から数えたら11台あったと言っていたのだ。
幕切れはあっけないもので、警察のおじさんから
「誰から聞いたの」
と問われ、兄ちゃんの家まで連れて行くことになり
「冗談ですよ」
という兄ちゃんの一言で事件は終了した。

今にして思えば相当やらかしているのだが、当時はそんなことに思いも及ばず、あのお兄ちゃんは何であんなことを言ってしまったんだという疑問ばかりが残った。
そしてもしかしたら警察がいい含めてくれていたかも知れないが、僕はその事件について誰からも怒られずにすんだ。今でも笑い話のタネにされているくらいだ。
S君の家がどんな反応だったのかはわからない。
兄ちゃんはそれなりに怒られたのだろうと思う。

それにしても、11台。呼ぶか?
警察が気にするとしたら
「子供が引き摺り込まれた」
という部分になるのだろう。
しかし「カッパ」の犯行だといっている。
通報者は未就学児2名。
どう考えてもおかしい。

「子供が引き摺り込まれた」という話なら滑落事故や誘拐の可能性を想起させるため、念のための出動だという想像はできる。
しかし僕は何となく思うのである。
あれは大人たちも悪ノリしたのだ。
あえて事件性を口にしてカッパ騒動に乗ったのだ、と。

「いや子どもがね、河童が出たっていうんですよ」
「河童ぁ? 何言ってんだ」
「まあそうなんだけどね、子供が引きずり込まれたっていうから」
「河童に? アホか」
「まあそうなんだけどね、河童じゃないかも知れないし」
「ああ、なるほどね」
「で一応事件性もあるかなってことで」
「おもしろそうだな」

警察無線でこんな会話が飛び交っていたことを想像すると、昔とは違った味わいを持ってこの事件を振り返ることができるのだ。

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