僕は図書館で働いていた。
仕事自体はとても楽しかった。
いろいろあって辞めた。
辞めてしまった今だからこそ、本音を交えた話ができたらと思う。
図書館の1日は予約本の回収から始まる。
図書館の1日は予約本の回収から始まる。
もちろん朝の挨拶とかミーティングとか簡単な清掃とか、そんな基本的な動作はある。ただそれはどこでもやっていることなのでここでは省こうとおもう。
図書館のカード登録が済んでいる人はWEBの図書館システムから読みたい本の予約ができる。多いところではその予約が1日に500件くらい発生する。そういう館では前日の夕方から夜の間にたまった予約が300件くらいあって、使い慣れている人は夜に予約したものを昼に取りにきたりするので、お昼までにその本を手渡せる状態にしなければならないのである。こういう人は大抵予約した本がすぐに借りられる状態かを確認した上で予約していたりするので、受け取れる前提で来てしまったりするので油断がならない。いちおう、図書館のシステムには予約の用意ができたかどうかメールや電話での連絡を設定できるのでそうしてくれているとスタッフは助かる。メールに設定してくれているとさらに助かる。
予約本はシステムからリストを出力して回収していく。回収はたいがいは問題なく作業が進んでいくのだが、ときおりトラブルが発生する。所定の場所にあるはずの本がそこに見つからないのだ。図書館の本は決まった規則通りに棚に収まっている。大分類、中分類とというぐあいに、「この棚にはこの分野の本が並べられている」という決まりがある。この規則には「日本十進分類法」という名前がついている。図書館に置いてあるほぼすべての本にはこの分類法に基づいた番号のラベルがついている。つまり、たなを順番に辿っていけば必ず目的の本に出会えるような仕組みになっている。それなのに、見つからない。
考えられる原因は主にふたつ。
- スタッフが間違って違う場所に戻してしまったとき。
- もうひとつは来館者が一度手に取って、違う場所に戻してしまったときだ。
これを「誤配架」という。どちらの場合でも一度こうなると途端に発見が難しくなる。一人一人にはその時の一冊かもしれないが、図書館には規模の小さい館でも数万冊の蔵書がある。そのなかでどこにあるかわからない一冊を探し出すことを想像してみてほしい。住宅地の上空写真を並べて間違い探しをするようなものだ。司書たちは経験と辛抱強さを発揮してその本を見つけていく。これを楽しめるのが司書という人種でもある。
そんな困ったことになる誤配架だけれども、ひとつ目のパターンを防ぐのは難しい。配架のルールを知らない人からすれば、わからなくなったら適当に突っ込んどけばいいだろう、くらいの気持ちで近くの棚に適当に戻してしまう。図書館によっては棚の近くに「読み終わった本はここに戻してください」とサインをつけたカートを設置しているところもあるくらいだ。一度こうなると非常に面倒というか時間がかかってしまうので、一般的に図書館員にとって誤配架は悪とされる。適当な仕事をするな、ということになる。だが些細なことでミスは起こる。配架時に利用者に声をかけられてふと意識が飛んだ瞬間に別の本を棚に入れたりすることだってある。偶発の事故というのは避けられないのだ。
「本一冊で何をそんなに大袈裟な」
と思う人がいるかもしれない。その疑問はもっともだけれど、予約の本が準備できていないと、まれにきついお叱りを受けるのである。
「なんでこんな簡単なことができないの。楽な仕事でいいわね」
実際よく聞くお叱りの言葉だ。
わざわざ利用者の怒りを買いたい図書館員はいないので、懸命に探し始めることになる。上記の言葉を言われたことのあるスタッフならば「冗談じゃない」と内心思いつつ「意地でも探し出したるわ」とも思うだろう。だが現実には限度があって見つからない時は見つからない。実際、盗まれてしまった後、ということだってままあるのだ。
盗まれたかどうかは本当に最後の最後に残される可能性なので、図書館員は時間を区切って資料探しを始める。(ちなみに、図書館の中の人たちは本やCDなどサービスとして提供するものを「資料」と呼ぶ。例:図書資料、視聴覚資料)時間を区切らないと他の仕事に影響するので通常業務としては諦めるタイミングがある。何回か探しても見つからなければ、今度はリーダー格の出番でがくる。経験があり、通常業務の枠外で時間を使える人間が創作に本腰を入れる段階となる。
どうやってその本を探すのか?
本の探し方にもコツというものがある。
先に二つの原因を挙げたが、どちらが原因かはもうわからないことがほとんどなので、
(このパターンならこのへんかな?)
と予測しながら当たりをつけていく。
1のパターンなら番号の読み違いを考えることが多い。分野によってはカタカナや平仮名を番号と一緒に分類記号として使うこともあるので、例えば「ワ」と「ク」は読み違えやすい。古い本だと番号を手書きの状態のまま使い続けたりしているので、「1」と「7」が非常に似ている場合もある。また、いがいと「2」と「3」の間違えも多い。業務に慣れてくるとこういうことが起きやすい。なので、探す時はこういう間違えを想定して探しにいく。
2のパターンの場合、利用者の気持ちや感覚を想像する。
ほとんどの利用者は分類のことなんか考えない。考える必要がない。なので基本的に上記の流れでは当てはまらない。スタッフにとっては毎日の仕事場だが、利用者にはたまに訪れる施設でしかない。(もちろん毎日かかさずくる人だっている)そういう人が読んだ本を戻す時、場所を正確に覚えている人とそうでない人がいる。覚えていない人は、先に挙げたように適当な場所に突っ込んでしまう。この場合、あくまで「適当」なので突っ込みやすい場所に気軽に置いていく。なので、「通路に近い場所」や「棚に隙間がある場所」はひとつの目安となる。
本棚は基本的に左に詰めて右側を空ける。ひとつの段の8割を本で埋めるのが良いとされる。(蔵書数の多い自治体の中央館などはぎっしり埋まっていることが多い)そのため、右側に生じたスペースに誤配架の本が置かれていることがある。
また、ひとしきり読書やなんらかの作業を終えた利用者が帰り道に本の場所が分からなくなり「このへんでいいや」とばかりに置いていくこともある。なのでフロアをさーっと歩き回ってそういう場所を探すこともある。だがこれはほぼ最後の段階でもある。
本当の最終段階では、すべての棚を端から端まで目で追っていく。だがこれはよほど時間のあるときでなければできない。
切り上げが肝心
ここまでしても見つからない時は見つからない。前述の通り盗まれていることもあればどんなパターンにも当てはまらないことだってある。そして業務は日々押し寄せてくる。図書館員はひとり当たり数千冊の本を1日に扱っている。手を素早く動かさなければならない。のんきにやっていたら仕事はどんどんたまっていく。
ひととおりの経過をこなした後、それでも見つからない本は「不明処理」をされる。字面通り、所在が分からなくなった本ということになる。タイミングは館によってバラ付きはあるが、繁忙館なら2日のうちにはそうなってしまうだろう。急いで求めている人から「処理が遅い」と苦情が来るからだ。来館者が多いところではそういうことがまま起きる。「そんなに急いでるなら買えばいいのに」と思わないでもない。税金によって運営されているとは言え、あくまで無料のサービスだ。だが人々は公共に厳しい。半ば愚痴ではあるけれども、おそらく人それぞれに事情があるのだろう。金銭的に余裕がない上で仕事で追い詰められている人なのかもしれない。そのように考えて苦情を乗り切る。
見つからない本を意地になって探し続けているとカウンターを交代したり、他の館から運ばれてきた資料を処理する時間になったりする。どこかでその作業を諦めなければいけない。みな後ろ髪ひかれる思いで探索を諦める。忙しい場所ほどこれは起きる。毎日のように「諦める」が続くときもある。スタッフたちはそれぞれなりの思いでこの諦めを悔しがっている。みんな真面目だ。
僕の場合は「確率的に当然起きる」と考えるのであまり悩まない。ただ、不明本の探索はひとつのスキルとして捉えているので見つからないとやっぱり悔しい。悔しいが切り上げる。切り上げたら振り返らない。悔しさは瞬間にとどめる。そうやって次の業務に集中するのだ。
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